水星磁気圏探査機みお

[ISAS news] べピコロンボが挑むサイエンス:水星が握る太陽系の鍵 (村上)

2019年06月27日

国による惑星探査が激化する今日において、水星はいまだに謎多き惑星と考えられている。水星周回軌道への探査機の投入には太陽系脱出よりも膨大なエネルギーが必要となる。しかも地球の10倍以上の強烈な太陽光を浴びることから、非常に探査が困難な惑星であり、過去の水星周回探査機は2011年に周回軌道投入に成功したNASA のメッセンジャー探査機のみである。メッセンジャーがもたらした多くの発見は、それまで科学者にとっても地味な対象だった水星を一躍「おもしろい」存在へと引き上げた。一方で、1機に搭載できる観測装置の限界と北半球に限られた軌道の制約などから、未だに多くの未解決問題が残されている。ベピコロンボ計画では水星磁気圏探査機「みお」(Mercury Magnetospheric Orbiter:MMO)と水星表面探査機(Mercury Planetary Orbiter:MPO)の2機による総合的観測で水星に残された謎に挑み、そこから太陽系惑星、特に地球型惑星の「起源」、「進化」、そして「環境」の理解を目指す。 水星の最大の特徴の一つに、惑星直径の約80%にも及ぶ巨大な金属コアの存在がある。これは地球や金星、火星の40-50%と比べてはるかに大きい。

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地球と水星の内部構造の比較(画像:鎌田俊一氏提供)

また水星は太陽に最も近い惑星であるにもかかわらず、表面の鉱物組成には予想よりはるかに多い揮発性元素をもつことがメッセンジャーにより発見された。その特異な惑星形成過程については様々な提案がなされつつあるが、これらの特徴すべてを説明できるものはなく未だに解明されていない。このことは逆に、水星の「起源」と形成過程を解明することが地球を含めた惑星形成を理解する重要なカギとなることを示している。地球の起源となった固体岩石物質がどういうものだったのかすら未解明であるが、実はその答えは惑星進化の過程ですっかり変性してしまった地球にはなく、誕生当時の面影を強く残した水星にあるといえる。MPOによる観測から水星の地質情報や組成情報を読み解くことで、我々は地球型惑星の起源の謎に迫る。水星のもう一つの大きな特徴が磁場である。水星には内部の流動的な金属コア起源と考えられる磁場が存在し、地球の約1/100の強さをもつ。地球型惑星のうち現在も固有磁場をもつのは地球と水星のみであるが、その発見以前は「太陽系最小の惑星である水星の内部はとっくの昔に冷え固まっており、地球のような固有磁場はない」という考えが定説であった。なぜ水星はいまだに磁場を維持できているのか?その惑星内部の「進化」過程における大きな謎は、水星の探査対象としての意義を一変させた。またメッセンジャーによる観測では、磁気赤道が水星半径の約20%も北にシフトしていることが発見された(ただし、軌道の制約から南半球のデータはない)。

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水星磁場の分布とメッセンジャー、「みお」、MPOの軌道

「みお」とMPOの2機による多地点同時観測ならば太陽風起因の擾乱成分を除去でき、かつ南北対称の軌道からこれまでよりはるかに精密な水星固有磁場の観測が可能となる。磁場として漏れ出る水星内部の情報を捉えることで、謎に包まれた固体惑星の進化過程を読み解く。太陽に最も近く強烈な太陽風にさらされ、かつ弱い磁場をもつ水星は、太陽系で最もダイナミックな磁気圏を形成している。また惑星が小さく重力が弱いために大気は希薄であり、固体惑星表面と宇宙空間のガスが直に接触する水星特有の複雑な物理過程を展開する舞台となっている。そのような「環境」において、磁気圏というバリアを形成する水星は果たしてどれだけ太陽風の影響を受けるのか?この観点は、恒星のごく近傍を回る系外惑星が多数発見されたいま、従来の磁気圏・宇宙プラズマ物理的なものだけではなく「第二の地球」探索へとつながる重要な課題となった。日本はこれまで地球磁気圏探査において世界をリードし続けてきた。こうした観測技術を応用した水星磁気圏探査機「みお」は水星環境の観測に特化した初の探査機であり、磁気圏を介して恒星風が惑星環境へ与える影響への理解を飛躍的に向上させることができる。 ベピコロンボが取り組むサイエンスは惑星形成論から内部進化、ダイナモ磁場、磁気圏物理など非常に幅広い。2026 年の本格的な観測開始とともに来たる「水星が主役となる時代」に向け、若手研究者らとともに鋭意準備を進めている。

この記事は、ISASニュース 2019年6月号 (No. 459)に掲載されています。

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