水星磁気圏探査機みお

[ISAS news] 「みお」搭載ナトリウム大気カメラMSASI (吉川)

2019年12月29日

高校の地学の教科書を読むと、水星には希薄な大気があるらしい。水星大気の観測は、「みお」が水星に向かうずっと前、今から約30年も前から、地上の望遠鏡により定常的に行われていたのである。この水星大気がどれくらい薄いかというと、地球の100兆分の1程度だと考えられている。水星の大気1cm3当たりの原子や分子の個数は10万個程度であり、私たち研究者が実験室で「真空」と呼んでいる環境では1cm3当たり1000億個もの原子や分子が存在する。つまり、言葉を選ぶと、水星周辺にあるものは「大気」ではなく、真空を超えた超真空大気なのである。

この超真空大気の最初の直接観測の試みは、アメリカの探査機マリナー10号によるものであり、今から約45年前の1974年にまでさかのぼる。水星の周りには地球大気に豊富に含まれる二酸化炭素や窒素は存在しないことがそれまでの観測から明らかだったため、マリナー10号による観測は、地球の大気に含まれるアルゴンやネオンなどの希ガスと、太陽風に起源を持つ水素やヘリウム粒子、その他いくつかの成分の測定に特化されていた。探査の結果、水素とヘリウムだけが観測され、その他は見つからなかった。当時の研究者たちは、水星は太陽に近く小さい惑星なので、惑星から生成された大気は吹き飛ばされてなくなってしまったのであろうと考えた。しかし1980年代に思わぬ発見が報告される。アメリカの研究者は地上望遠鏡を使って、太陽と地球の大気に関する研究を行っていた。彼らの研究は水星とは無縁のものだったが、あるきっかけから水星に望遠鏡を向けてみると、その方角からナトリウムに固有の輝線が発せられていることに気付いた。これが水星ナトリウム大気の発見である。この発見以降、水星ナトリウム大気の地上観測は今でも行われている。

しかし、ナトリウムがどうして気化して大気として存在しているのか?誰もわかっていない。水星表面の岩石と何かの相互作用で生成されたことは研究者の間でも意見は一致しているが、何とどのように相互作用をして、ナトリウムが宇宙空間に放出されるのかがわかっていない。太陽光照射によって放出されたとする説、太陽風の照射がその主な原因とする説、微小隕石の落下により岩石が気化するという説など学説は様々である。しかし、いずれの学説も十分な根拠がなく想像の域を出ない。地球からの観測では、天候の不良や空間分解能(画像の解像度)の低さが原因となり、ナトリウム大気の分布の様子がはっきりとはわからないのである。そこで私たちは、ナトリウム大気の分布を水星の間近から撮影することを考え始めた。

「みお」に搭載したナトリウム大気の運動を可視化するカメラ(MSASI:Mercury Sodium Atmospheric Spectral Imager)は、ナトリウム大気の広がりや変化を観測し、ナトリウム大気の生成のメカニズムを解明する。MSASIはファブリペロー干渉計を用いてナトリウムのD2線(オレンジ色)を分光撮像する装置である(図)。

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図:MSASIの外枠カバーを取り外し、中がわかるようにした様子。MSASIはファブリペロー干渉計を用いてナトリウム大気の輝線(589nm)を分光し、イメージインテンシファイアとCMOSイメージセンサを組み合わせた2次元検出器で干渉輪の像を得る。

観測装置の原理

ファブリペロー干渉計を用いて、ナトリウム大気のD2線(オレンジ)だけを取り出す。ファブリペロー干渉計とは2枚の半透鏡(半透と言っても反射率は95%程度)を2枚重ね、その間で起こる干渉効果を用いて特定の波長(ここではオレンジ)を取り出す装置である。高校物理で習う「光路長が波長の整数倍になると強めあう」という法則である。ファブリペロー干渉計を通ったオレンジ色の光をレンズで集光すると、焦点面に干渉輪が現れる。

干渉輪の円弧がスキャナーの読み取りヘッドのように働き、「みお」がスピンすることにより空間を掃引し、360度のパノラマ写真を得る。さらに、MSASI内部に設置された鏡(図)を回転させることにより、パノラマ写真の縦方向は30度の視野を稼ぐことができる。MSASIの空間分解能は水星半径の64分の1(38km)であり、これまで行われてきた地上観測と比較すると10倍以上の解像度になる。また、水星周回軌道上からの撮像のため、地上観測で問題となる大気のゆらぎの影響がなく鮮明な画像データの取得が期待できる。

MSASI主任研究者 吉川 一郎(よしかわ いちろう)

この記事は、ISASニュース 2019年12月号 (No. 465)に掲載されています。

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