水星磁気圏探査機みお

[ISAS news] 「みお」搭載電場・プラズマ波動・電波観測装置 PWI (笠羽)

2020年01月27日

過去に水星を探査したアメリカのMariner 10 号(フライバイ:1974-5 年)とMESSENGER(周回:2011-5 年)が諦めた観測対象、そのひとつが電磁場の変動である。太陽系にある8つの惑星で観測がないのは水星のみ。これには単純で深い理由がある。弱い電磁場の変動を捉えるには、徹底的な電磁的静けさを実現した探査機を作り、さらに探査機ノイズから逃れるためセンサーを長く伸展させる必要がある。ただでさえ灼熱の長旅に出るかわいい探査機に、複雑で長い伸展物をさらに押し付ける奴があろうか(開発も大変)!

これをやってしまうのが、提案者が探査機開発までやる日本の科学衛星の良い(無茶な)ところ。「みお」は、か細い長さ15 mもあるワイヤアンテナ4本、ちょっと太め 5 m長の伸展マスト2本を擁し、前者を我がPWIの電場観測、後者の1本を我がPWIの磁場観測(もう1本はMGF用:本連載第6回参照)に充てる。両者ともぐにゃぐにゃなので、探査機をぐるぐる回し(1周4-5秒)、その遠心力で構造を保つ。

この「探査機本体より巨大なセンサー群」を引き連れたPWIは水星の近所で超低周波~10 MHzに及ぶ電場、超低周波~640 kHzに及ぶ磁場の観測を初めて実現する。水星環境を決定づける電子・イオンの動きが作り出す波動、電子・イオンにエネルギーを与える電場、これらが転換放出される電磁波、惑星本体の電磁波反射を用いた表層推定、アンテナ・衛星に吸い込まれる電子・イオンの密度・温度、衛星に当たる惑星間ダストからの電離ガス検出と言った、高感度をいかんなく発揮した多様な観測を行うことになる。

この複雑な装置を開発できるチームは、世界でも米連合(アイオワ大・ミネソタ大など)、欧連合(スウェーデン・フランスなど)と日本ぐらいで、「みお」PWIはこの中の日欧連合が開発した。日本側(東北大・京都大・金沢大・富山県大・名古屋大・JAXA等連合)が、電場アンテナの半分(WPT)、磁場アンテナの半分(LF-SC)、低-中周波レシーバ(EWO)および全体まとめ+全体デジタル処理。スウェーデン+北欧組が電場アンテナもう半分(MEFISTO)。フランス組が磁場アンテナもう半分(DB-SC)、高周波レシーバ(SORBET)およびアクティブ計測部(AM2P)。ハンガリー組がデータ自動判定部。MHI・日本飛行機の皆様や佐藤義弘さん(元明星電気)を含め、総計100名以上の方々による成果である。なお、日本側ではこの設計を受け継いだ放射線帯観測衛星「あらせ」が活躍中。欧側では「みお」を受け継ぐ大型木星・衛星探査JUICEが2022年打上げ予定で、本チームにチェコ組・ポーランド組を加えた「電場・プラズマ波動・電波観測装置RPWI」のフライトモデル開発も現在佳境である。

「みお」のアンテナ伸展は灼熱の水星環境下で行われ、ミッション中最も難度の高い作業の1つとなる。本機器に至る国際チーム構築からはや20年近く。リーダーは当初松本紘先生(現:理研)で、現在に至る開発の中心は京大の小嶋浩嗣教授が担ってきた。私は1997年春に松本研で博士号取得後、富山県立大でPWIの前身機器である火星探査機「のぞみ」PWA開発に巻き込まれた。今は亡き東北大・小野高幸教授の後ろでにこにこ内之浦を徘徊していた結果か、1999 年秋に宇宙研に移り、事故から復旧できないまま最期を迎えたこの探査機の終焉を見送った。「のぞみ」は山ほどある伸展物を火星到着後に伸ばすはずだったので、結果的に伸展は行えていない。2007年の東北大転出後に松本先生からPIを継いだが、より難度の高い「みお」の伸展は、私にとり「責任者」以前に「ISASでのやり残し」のリベンジでもある。2026 年初頭予定のその時まで、ご逝去された方々、引退された・されるご予定の方々、そして来るべきニューカマーの皆様とともに、巡航の無事をお祈りする日々である。

なお、探査機ノイズが邪魔するとはいえ、磁場センサーは伸展せずとも観測可能である。長旅の余興?である金星・水星フライバイでの初仕事を、一同楽しみにしております。なお、ISAS在籍時の私の主務は、そもそもの言い出しっぺM先生や当時プロマネY先生を始めとする皆様(含ESAの皆様)とのあらゆる難題解決と、特に観測機器全体のお守役Mission Data Processor(MDP)の立案・開発だったのだが、特に後者は誰か書いてくれるのだろうか。大変だったので。なお、MDPの能力を最も食うのがPWIです。

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図1:過酷な灼熱環境を飛翔する「みお」から伸びるPWIセンサー群(長すぎて絵に入りきりません)。本図は京大生存圏研の秘書をされていた熨斗千華子さん渾身の力作(2005年)。

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図2:本プロジェクト初期のPWI中枢メンバー集合写真。京大での開発検討会(2003)の 一コマと思われる。写り込んでいる現中枢メンバーは、当時みな下っ端であった。

PWI主任研究者 笠羽 康正(かさば やすまさ)

この記事は、ISASニュース 2020年1月号 (No. 466)に掲載されています。

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